CE記者5名が英国CE支局を訪問 2006/08/21-28
8月21日~28日、日本から5名の記者と1名のユースワーカーが 英国CEのロンドン局、ベルファスト局、フォイル局(北アイルランドのロンドンデリー)の記者 たちと、第2回日英CE記者交流を行うために訪問した。このプログラムの経費の一部は、 グレイトブリテン・ ササカワ財団及び大和日英基金からの助成金によって賄われた。
CE記者5名が英国CE支局を訪問 2006/08/21-28
8月21日~28日、日本から5名の記者と1名のユースワーカーが 英国CEのロンドン局、ベルファスト局、フォイル局(北アイルランドのロンドンデリー)の記者 たちと、第2回日英CE記者交流を行うために訪問した。このプログラムの経費の一部は、 グレイトブリテン・ ササカワ財団及び大和日英基金からの助成金によって賄われた。
ガーナ共和国の高校生を取材
● ガーナの高校生取材
さる8月下旬「ガーナ共和国」の高校生21名が日本視察研修のため来日した。
高校生らは28日に明治神宮の表参道で行われた、「スーパーよさこい2005」に日本の高校生と合同チームを結成し、よさこい踊りを演舞した。また31日には「愛知万博」に訪れ視察を行った。
その2日間の様子と、ガーナの高校生が日本で異文化に接する様子を撮影・編集し、約10分間の映像作品を作成した。
Irmas International Youth Media Summit Uniting to Give Power to the Voices of Teens
2006/07/21-30 三崎令日奈 ( 18 )
例年にない猛暑に見舞われた米国ロサンゼルス。 7 日 21 日から 30 日の 10 日間、ここにグルジア共和国、シエラレオネ、アルマニアを含む 26 カ国の10代の若者たちが集まった。イーマス国際ユース・メディア・サミットが行われるためだ。世界で問題になっている環境や貧困、暴力など自分が希望して振り分けられた7つのテーマに沿って、各国の若者が自分の国で問題となっていることを映像やレポートにして持ち寄った。
私はユース・エンパワーメント(若者の地位向上)のグループに所属し、日本の学校で生徒たちが規則や受験、暗記中心の勉強に縛られ、自由も責任も与えられていない現状を説明した。このサミットでは、まず議論の参考にするため3日間かけてユース・エンパワーメントに関連する3つのNGOを訪問した。好評だったのが一日目に行ったスキューバダイビング体験。障害のある若者を中心にスキューバダイビングを教え、それを通して自信を持つことや自己実現を学んでもらうということを実践している Zen Diving という組織で、陽気で親切なインストラクターのもと、プールでスキューバ体験を楽しんだ。これで一気にメンバーの仲も深まり、一石二鳥だった。
団体訪問が終わると、それぞれのグループが自分たちの主張や解決策を1分の映像にまとめる作業に取りかかった。「何かいいアイデアはない?」と意見を聞き、アイデアを出し合った結果、ユース・エンパワーメントのグループでは「地球上の問題解決は若者の手にかかっている」というメッセージを映像にすることにした。ジグソーパズル状態の世界地図の裏に「貧困」「保健」「暴力」「女性の人権」「環境」「人種差別」など今回のサミットでテーマとなった問題を書き、それが最終的にはひとつの世界地図になり、10代の若者がそれを取り囲むといった内容だ。
最終日、パーティーを前に7つのグループの映像作品がお披露目となった。 10日間、異なる背景を持つ若者が集まったこのサミットでは、様々なことが起きた。英語を外国語とする者には聞きなれない強い訛りのある英語に戸惑ったし、皆が意見を主張するあまり、まとまらないグループもあったようだ。しかしたった1分間にまとめられた映像作品は、どれもとてもユニークで、様々な国から集まった人たちならではのものだった。色々あったが、サミットは成功したとこの時実感した。 普段あまり耳にすることのない国々を含め各国から問題意識を持って集まった同じ世代の若者と意見を交わし、過ごした10日間は、私の人生における宝物となった。ユニークなアイデアに富み、英語に不自由している人には排除せずに助ける彼らの姿勢にとても刺激を受けたし、その中でどう自分の居場所や役割を見つけうまくやっていくかを学んだ。このことは将来国際的な仕事をしたい私にとってかけがいのないことであるし、今回学んだことを生かしてこれからも大学生活を送っていこうと思う。
CE記者がNHK BSディベートに出演 ~私の感想
● NHK衛星第一TV番組「BSディベート」出演の感想
島田大河(15歳)
4人の専門家の間に口を挟むのはとても難しそうだとは前々から感じていました。当日、番組の進行表を見たときは、5回しか発言のチャンスがなかったので、1度も発言できないかもしれないと覚悟していました。そんな中、2度も発言出来たことは良かったです。
ディベートを見ていると、専門家の方々の発言に対して、疑問を感じることも多々ありました。実際に新学習指導要領で教育を受け、高校生になった自分から見ると、それぞれが、自分の理想を追い求めているように見受けられました。子どものことを考えていて欲しいと思い、途中で「自分をテーブルの中に座らせてくれ」と思うことも多々ありました。
川口洋平(16歳)
今回、テレビ番組に出て自分の意見を言うということが、とても難しいことだと痛感しました。普段思っていることや議論していることと全く同じ事を言うのに、カメラの前だとそれがとても難しい。
大人でも、考えを述べようとしても、簡潔にまとまらずに苦労したりしている所を見ると、カメラの前で堂々と意見を述べることができる、今回のディベーターの方々や、ニュースに出てくる評論家の方々はすごいのだと改めて思いました。
このような貴重な経験を今後に活かし、人前やカメラの前など、どんな場所で、どんなタイミングでも自分の考えや想いを簡潔に、堂々と話せるようになりたいと思います。
三崎友衣奈(14歳)
やはりもうちょっと意見を言いたかったということがありました。それも、前の円の中で話している人たちの意見をきいてから自分の考えをまとめるのが遅かったからで、発言できる状態になると、もうその課題やオーディエンスの意見を聞くことが終わっていたことが多かったです。とてもむなしい思いをしたので、もっと速く人と自分の考えを整理できるようになりたいです。
藤原沙来(16歳)
私にとっては、今回の経験は非常に貴重な体験でとてもうれしく、大変感謝しています。ただ、しょうがないことなのかもしれませんが実際に今現在も教師をやっている先生方もいらっしゃったということもあり、批判をするような個人的な考えを言いにくい状況だったような気がしました。 それから、なかなか指名されずに発言することの出来る機会が少なかったのは残念でした。
どんなときもあまり緊張することのない私にとっては落ち着いていられたと思うのですが、話が早くてついていけなかったり言いたいことが短い時間でまとめることが出来なかったりと反省点は沢山見つかりました。また、事前に色々と調べてみたとはいえオーディエンスの前にいらっしゃった4人の方の話を理解するのにとまどってしまい最初の方は手を挙げることすら出来なかったので、またこのような機会があったら今回のような事がないように満足のいくような形にしたいなと思いました。
テレビの裏側、仕組みなど普段見ることの出来ないものを見ることが出来て楽しむことが出来ました。テレビ制作の過程も知ることが出来て勉強になりました。
島田菫(14歳)
この番組を通して感じたことはもっと何かを言いたかったということです。ディベーターさんが何か意見を言って「あれっ?」と思っても何もいえないし、オーディエンスの番もめったに指名されないので、「これは子どもの問題です」と言っているのに子どもに意見を言わせていただけないのはちょっとした矛盾を感じます。
でも、このようなディベート番組出演、といったチャンスはほとんどないので貴重な経験をさせていただき感謝しています。本当にありがとうございました。
三崎令雄(14歳)
個人的な感想としては、もちろん不完全燃焼でしたし、いきなりふられて答えがまとまらずに悔しい思いをしましたが、初めての収録はとても新鮮であの独特の緊張感がたまらなく最高でした。とてもいい経験させてもらい感謝しています。
寺尾佳恵(17歳)
今回初めて「あるテーマに関するディベートのオーディエンスとしてテレビに出る」という経験をしました。同じような作り方の「日本のこれから」という番組を見ていたので、大体こんな感じだろう、とイメージしてはいたのですが「こんなふうに意見を言おう」と思っていた通りには全くいきませんでした。
テレビの収録自体は初めてではなかったものの、長時間緊張を保ちつつ、頭の中はフル回転という状態を続けるのはかなりの努力を要しました。とはいえ、終わりに近づくにつれて「あれ、あの人今なんて言ってたっけ?」と意識がとぶことがあり、集中が途切れてるんだなあ、と思うこともありました。
どんどん話が進んでいく中で「人の意見を聞き、瞬時にそれを頭の中で整理する」「自分の意見を簡潔にまとめて述べる」という作業をすることはとても勉強になりました。ボーッとしていると話はどんどん進んでしまい「もう一度言って下さい!」と言うわけにもいかないので、自然と話を集中して聞くことになります。また、だらだら言っても何が言いたいのか伝わらなくなってしまうと思い、頭の中で言いたいことをまとめてから言うようにしたので、短時間で意見をまとめて発言する練習になりました。
テレビ制作の裏の部分、私たちが普段見ているテレビ番組がどのように収録されているのか、ということも知ることができ、とても勉強になりました。
日本国の子どもたちができること 2005/5/19 三崎 令雄(13歳)
5月1日、東京・両国の国技館で日本ユニセフ協会創立50周年記念イベント「子どもの祭典」が開催され、皇太子殿下をはじめとする各界の著名人も参加し、メインのシンポジウムでは内容の深い討論が行われた。
世界の子ども人口22億人のうち10億人の子どもたちが今も戦争、貧困で苦しんでいる。毎年1100万人の子どもが死んでいる。1500万人がHIVに感染している。4億人は安全な水にアクセスできない。こんなにたくさんの子どもが苦しみ、悲しみ、死んでいってることを知って、とても驚いた。世界全体で見ると、日本は数少ない裕福な国の一つであることがわかる。
日常の会話でよくこんな言葉を聞く。「うちは貧乏なんだ」。そんなことをいってもどんな日だってご飯は食べられる。水には困らない。電気にも困らない。子どもは仕事をせずに学校に通っている。そんな生活を送っている僕たち日本人に本当に貧乏な人たちの気持ちがわかるだろうか。その日病気で生きのびられるかわからない不安や苦しみ、その日食べられるかどうかもわからないひもじさ。それがわからない僕たちに何ができるのだろうか。
前ユニセフ事務局長のキャロル・ベラミー氏にインタビューをした。「日本の子どもたちが募金以外に何ができますか」という質問に、ベラミー氏はただちに「日本の子どもたちだけでなく、世界の子どもたちにも情報を得てほしいと」答えた。その理由は、それによってその国の政治家たちに働きかけることができるというものだった。確かに一人一人の子どもの力は小さいけれど、たくさん集まれば国をも動かせることができるのだ。
「人」という漢字は支えあっている様子を表しているのだから、人と人が殺しあう戦争なんてあってはならないものであり、国や民族に関係なくお互いに支えあっていける世の中を目指すべきではないだろうか。
2005/5/19 島田 菫(12歳)
スマトラ沖地震を覚えていますか? 一度に大勢の人が亡くなってしまったあの地震を…。その時にたくさんの子供たちが親を無くしてしまいました。その時に救いの手を差し伸べたのがユニセフです。
日本とユニセフがかかわり始めたのはは約50年前のことです。戦後食糧がなかった時、ユニセフが支給してくれた脱脂粉乳の味を覚えている人も少なくないでしょう。
5月1日、東京の国技館で日本ユニセフ創立50周年行事の「ユニセフ子どもの祭典」がありました。この祭典では、ユニセフの歴史を振り返る映像の展示、日本ユニセフ協会大使のアグネス・チャンさんらのパネルディスカッション、子どもたちによる歌や踊りなどがありました。
1955年、ユニセフ日本支部ができた頃、まだ日本は援助をされていた立場でした。援助するようになったのは1980年ごろからです。最初は学校募金といって学校で募金をしていましたが、その後、どんな人でもできる一般募金が始まりました。
でも募金するのは大人だけと思っていませんか? 子供には何も出来ないと思っていませんか? ユニセフに協力するには募金をするしかないと思っていませんか?
そんなことはありません。日本ユニセフ協会の東郷良尚専務理事はこう語りました。「ユニセフへの協力は募金だけではありません。ユニセフのホームページをのぞくのも良し。シンポジウムに参加するも良しです。1番大切なのは知ったことを皆に伝えることです」と。
それは大人でなくても出来るのです。子どもでも出来ることなのです。たくさんの人にこのことを伝えて世界中の子どもを救ってください。
CE記者が「グローバル・ユース・フォーラム」を取材 2005/02/27
2月27日、CE記者5人が、知的障害者のスポーツの祭典「2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会・長野」の関連行事の一つである、「グローバル・ユース・フォーラム」を取材した。
フォーラムでは、長野県内小中高校14校の児童生徒と、アメリカ、オーストリア、中国など14の国と地域のSO活動に参加する知的発達障害者ら計84人が参加。知的発達障害者とサポーターが3人1組のチームとなり、「Changing Attitudes – Changing The World」というテーマで、知的発達障害者への理解をどう深めるかなど活発に意見交換が行われた。
当日会場には、スペシャルオリンピックスの創始者のユーニス・ケネディ・シュライバー国際本部(SOI)名誉会長、ティモシー・ケネディ・シュライバーSOI会長、SOを支援してきたビル・クリントン前アメリカ大統領、細川佳代子SO日本理事長(細川元総理夫人)、田中康夫長野県知事なども参加し、各国のアスリートやサポーターたちにエールを送った。
8-18メディア(旧CEミシガン支局)の記者が来日 2005/02/15
米国ミシガン州の半島上部(アッパーペニンスラ)にあるマーケット市は、 滋賀県東近江市と姉妹都市です。実は、東近江市に合併する前の八日市と マーケット市が25年前から姉妹都市として、隔年に友好親善使節団が訪問 しています。 2005年春、マーケット市からの友好親善使節団のメンバーとして、「 8-18メディア 」 (旧CEミシガン支局)の記者、プライス・ハドレイ(15歳)とジェラルド・ピーターソン(17歳) が東近江市を訪問しました。 プライス・ハドレイ記者は、2003年春に東京でCEが主催した日英米記者交流プログラムに 参加しており、初めて訪問した日本に強く惹かれたことから、今回強く希望して再び日本を 訪れました。大都会とは対照的な東近江市で経験したことを記事に書いています。 その記事を日本のCE記者、 三崎令日奈(18歳)と高橋里也子(18歳) が翻訳しました。
姉妹都市の芸術家が子どもたちのタイルプロジェクトを通して文化の架け橋を作る
Sister City artist bridges cultures through children’s tile project
ジェラルド・ピーターソン( 17 歳) プライス・ハドレイ( 15 歳)
東近江市民は市町村合併による違いにほとんど気づいていない
Higashiomi citizens notice few differences with city merger
ジェラルド・ピーターソン( 17 歳) プライス・ハドレイ( 15 歳)
敬意と責任をもつ日本の学生
Japanese schools embody respect, responsibility
ジェラルド・ピーターソン( 17 歳) プライス・ハドレイ( 15 歳)
若者が昔からの伝統を守る
Young people keep ancient tradition aloft
プライス・ハドレイ( 15 歳)
曽木 颯太朗(12歳)
六本木アカデミーヒルズは、小説の『80日間世界一周』に出てくる紳士クラブにそっくりだった(もちろん40階からからのながめなどはかかれていないが。)。図書室や仮眠室などどれもこれもそっくりだった。僕はとても素敵だと思った。
後で調べてみるとアカデミーヒルズの会員には年に安くて7万円,高くて70万円払えばなれるらしい。また,図書室には専門的な本は置いておらず,本は貸し出すのではなく売っているのだという。そうだとすると,僕は素敵だとは思うが,もし今会員になることが出来ても会員になろうとは思わない。なぜなら,年に70万円も払うなら,専門的な本も読め,貸し出しも出来る図書館の近くに家を建てた方がずっと良いと思うからである。それでもアカデミーヒルズの会員になりたいという人は,たぶんあのモダンな書斎みたいな感じが気に入ったのだろう。
大人の人,特に男の人は書斎を持つのにあこがれている人が多い。その中でただ書斎の雰囲気を味わいたいという人たちがアカデミーヒルズの会員になりたいのだろうか。それはもう価値観のちがいなのだろう。でも少し物足りない気もする。
アカデミーヒルズにはあまり人と話すような空間がない。僕がもしあそこの設計を任されたとしたら,ヨーロッパのサロンのような,人と話せるような空間を広く作りたい。そしてここでいろいろな人と友達になりたい。でも,やはり大人には今のままがいいのだろうか。
● 北井宏昭神奈川県議会議員との意見交換を終えて
島田大河(14歳)
なかなか議論がかみ合わず大変だったけれどもいい経験になりました。 今回の意見交換を通して感じたことは、「世界にはいろいろな人がいる」ということでした。 僕は「条例がなくても自分で考えていける」と思っていましたが、世の中には取捨選択ができない人もいて、その人たちのことも考えなくてはならないと思いました。但し、条例で取捨選択ができない人を縛るのではなく、できない人をできるように教育していくことが大切だという考えは今も変わっていません。
川口洋平(15歳)
実際に議員さんと話をしてみて、やはり私達の視点とは大きく違っていることが分かりました。『青少年保護育成条例』改正という私達にかかわりのとても深いものですが、実際に条例を改正する議員さん方と、それによって制限を受けることになる(北井議員は大人への制限だとおっしゃっていましたが)私達の考えとは大幅に違いがあったと思います。 この条例を改正するにあたって、青少年と議員さんが、話し合う機会を多く設け、両者の意見を尊重しあい、改正することが必要だと思います。
三崎友衣奈(13歳)
私は、最初はいじめをする子や、取捨選択ができない子の教育を強化すればいいだけだと思っていました。しかし、世の中はそれほど単純なものでないことがよく分かりました。その子供たちの教育をするとともに、見本になっていない大人たちへの条例を作るというのはいい考えだと思います。 しかし、条例を少し見てみると、どれも普通に生きていればやらないような基本的なことばかりでした。そんな条例をいくつ作っても無意味だと思います。私は、その道からはずれてしまった人々を条例でなおすのでなく自分でどれほど危険なことを犯してしまったかを理解することが大切だと思います。「条例だからやめよう」でなく、「危険だからやめよう」という思考が必要だと思います。 最近は人々の自覚がなさすぎると思います。誰かに頼りすぎているところがあり、いざというときに自分の力では何もできなくなってしまいます。そんな大人を見ている子供たちが取捨選択できないのは当たり前だと思います。
藤原沙来(15歳)
神奈川県に「青少年保護育成条例」というのがあったのも知らなかったので、今回の意見交換は非常に興味深く、勉強になりました。 大人のための条例とおっしゃっていましたが、条例を大人の観点から作って、判断するのでは子どもに何も変化をもたらさないと思います。「注意はしないがやめた方がいいなと思います」という北井議員の発言ですが、まず、条例よりも身近なところから注意して、だめだったら条例を考えるなど、もう少し子どもの視点からも考えて欲しいなと感じました。