新しい教育~和田中学校「よのなか科」に参加して~
2010/1/24

原 衣織(18)

 「学校での勉強は、社会に出てからの役には立たない。」誰でも一度は耳にするこの「定説」が、いま崩れつつあるようだ。

 近年日本では、現代社会で生きていく上で必要な能力を育てる様々な「新しい教育」が導入されている。職業について学び、自分の将来を考える「キャリア教育」、ネットの基礎知識を学ぶ「情報リテラシー教育」などがそうである。

 私たちチルドレンズ・エクスプレスは、社会に通用する力を身につけることをテーマとした授業「よのなか科NEXT」が行われている杉並区立和田中学校を訪れ、「よのなか科 NEXT 」の授業に実際に参加するとともに、 代田昭久 校長ら にインタビューを行った。

 今回は、高校受験間近の三年生を対象として、「感じのいい自分をつくる」をテーマに入試の面接対策の授業が行われた。授業は、これまで1万人以上の面接をしてきたというウィルパワーサポート代表取締役の鈴木聡氏が担当した。

 三年生 160 名が集まった体育館の中で、入試でよく聞かれる質問を予想するクイズや、自分のアピールポイントを文章化して発表するワークシート、見えないボールをアイコンタクトでパスする訓練など、 90 分という時間を目一杯使った多彩なプログラムがテンポよく進められる。

 また、生徒たちは受け身でプログラムをこなすだけでなく、随所で校長先生からマイクが向けられ、学年全員の前で意見を言うことが求められる。「最初は中学生を対象として授業を行うことに不安があったが、和田中学校の生徒たちは、よのなか科の授業を普段から受けているせいか慣れていると感じた。」と鈴木氏が話すように、生徒たちは全体の前で話す時にも堂々としている。

 生徒に尋ねてみると、「未だにみんなの前で話すのは緊張するが、自分の意見が皆に聞いてもらえるし、いろんな人の意見も聞ける」と言う。「この授業を受けてきたことで、自分の意見を伝えることができるようになった。ニュースを聞くときの考え方も変わった」と話す生徒もいた。とはいえ、三年生にとってこの時期気になるのはやはり高校受験。受験勉強を優先したい気持ちはないのか尋ねると、「勉強したい気持ちはあるが、この授業は受験を乗り越えたあと、社会に出てからも役に立つものだと思う」という答えだった。

 「よのなか科」の授業が和田中学校で始まったのは7年前だ。都内の公立中学校で初の民間人校長である藤原和博元校長が始めたものを、代田昭久校長が昨年の4月から「よのなか科NEXT」として新たに始めたのだという。「書道と表現」「オリンピック」などユニークなものから「人工妊娠中絶の是非」「赤ちゃんポスト」などのシビアな問題まで幅広く扱うこの授業では、ワークシートなどの教材は全て校長の手作り、ゲストティーチャーの手配も校長が一人で行うという。負担も大きいが、それでも「社会に自立し、貢献する力をつけてほしいし、そのために社会とのつながりを教えていきたい」という思いから行っているそうだ。

 そして、「よのなか科 NEXT 」に代表される和田中学校の特別授業に欠かせないのが、多くの学生ボランティアや地域の方々の存在だ。今回の授業にも、大学院生などの 10 名近い学生ボランティアや保護者が参加していた。

 よのなか科 NEXT の授業について「普通の授業では取り扱いにくい微妙なテーマに取り組んでいるのがとても良い。答えのない授業でおもしろい。」と語る学生ボランティアの新堀亮輔さん( 23 )はキャリア教育に関心があり、昨年の 11 月から、よのなか科 NEXT の授業や「ドテラ(学生ボランティアが生徒に勉強を教える活動。土曜日寺子屋)」のサポートを行っているという。

 「たくさんの大人が参加することで、授業のクオリティーを高めることができる。」そう校長が話すように、和田中学校は授業の見学や参加、サポートなどを通して積極的に外部の人々を受け入れている。生徒たちに大人と関わる機会を作る一方、教育に興味のある大人たちに対しても、実際の現場を見て体験できる場を提供しているのだ。

 学校では教科学習のみを行い、社会的スキルは学校外の生活で学ぶという構図が成り立たなくなったと言われる今、学校には新たな役割が求められている。しかし教師だけでそれを教えるのは現実的に困難である。そこで、毎回外部から様々な分野の大人を講師として招くという和田中学校の取り組みは、他の公立学校にとっても参考になるのではないだろうか。多くの人脈を持つ民間人校長ではないと難しいようにも思えるゲストティーチャーの手配も、地域の大人やその知り合いがゲストティーチャーの役割を担えば解決できる。

 多くの社会経験を持つ大人と、柔軟な感受性を持つ子ども。それぞれが互いに学びあえるような「社会に開かれた学校」の実現を、子どもの一人として期待したい。

取材記者:原衣織( 18 )、建部祥世( 18 )、中元崇史( 18 )、宮沢結( 16 )

取材に参加した記者の感想

 宮沢 結( 16 )

「よのなか科 NEXT 」の授業に参加をし、授業を通して感じたことは、多くの人がこの授業に関わっているということです。生徒と先生はもちろんのこと、ゲスト講師や地域本部のボランティアの方々、見学者や私たちのような取材者。

参加する人が多いから、より踏み込んだ内容の話ができるし、多くの大人の目を配ることで授業の精度も高まるのではないかと思います。

今回授業の中で印象的だったことは、問題を投げかけて、生徒さんに自分の考えを発表させる機会が多かったことです。私自身、中学時代の授業を思い返してみても、自分の意見を発表する機会はほとんどありませんでした。

今回取材した生徒さんは意見を発表することに対して「緊張するけどだんだん言えるようになった」と答えていました。やはり長い期間「よのなか科 NEXT 」を受けてきているだけあり、きちんと発表している姿が印象的でした。これは社会に出た後も大きな糧になると思います。

多くの大人と生徒さんでつくられる「よのなか科 NEXT 」の授業。学校の枠を超えて学校外の結びつきによって行われていることが「よのなか科 NEXT 」魅力だと感じました。

原 衣織( 18 

  この取材で最も印象的だったのは、「この取り組みは、民間校長だからできるというわけではない。やる気がないとできない」という代田校長のお話でした。

それまで私は、この「よのなか科 NEXT 」の授業は校長が元民間人であるからこそできることであり、普通の公立学校では取り入れにくいと考えていたからです。

しかし今回の取材を通して、二年も前からあらゆる知人に連絡を取ってゲストティーチャーを引き受けてくれる人を探したり、授業の前は二日間ほぼ徹夜でワークシートを作ったりといった様々な苦労があるということを知りました。

確かにコネクションや企画力も重要ですが、それよりも大事なものは、「生徒に社会に通用する力を身につけさせたい」という強い思いなのだと感じました

中元崇史( 18 

初の民間人校長が誕生した公立中学校としてメディアでも注目を集めた杉並区立和田中学校。そんな和田中学校で行われている「よのなか科NEXT」の授業に実際に参加させていただいた。

メディアがよく取材に訪れるということもあり、授業は緊迫した雰囲気で行われ、生徒たちも委縮して授業を受けるのではないかと考えていた。しかし、そんな不安は一気に吹っ飛んだ。この和田中学校の生徒、実に良い意味でのびのびと授業を受けている。マイクを急に向けられても、臆さず堂々と喋ることができる。授業の最後にはアトランダムに生徒が二人選ばれ、模擬面接をステージ上でさせられたのだが、これにも上手に対応。また周りの生徒も意見を発した生徒を冷やかすこともない。ここまで生徒全体が自らを表現できる力や他人の意見を受けとめる力を身につけている中学校は珍しいだろう。

また、私が印象に残っているのは生徒と代田校長の距離感である。私の学校生活においての校長先生とは関わる機会があまりなく、どこか遠い存在であった。ところが代田校長は、すれ違う生徒全員に声をかけ、生徒たちも気軽に校長室に訪れていた。民間人校長ということもあり、独特な授業形式を取り入れていることから、どこかワンマンなイメージで生徒にとって近づきがたい存在になっているのではないかと想像していたのだが、実際は全く違った。この距離感だからこそ、和田中学校のアットホームな雰囲気が生まれているのではないかと感じた。また、授業後の校長室で行われた反省会に同席させてもらったのだが、ここでも校長を含めた教師陣と学生ボランティアが熱心に意見を出し合う。代田校長だけでなく周りの教育者としての強い想いを持った人たちのサポート姿勢があるからこそ、和田中学校は成立しているのだ。

テレビや本で得た印象を大きく覆される取材となった。私立に人気が集中する時代だが、一度は通ってみたいと思わせる魅力的な公立中学校であった。

建部祥世( 18 

私が小学生の時に本格的に開始されたゆとり教育。算数や国語といった通常の授業時間数が減り、変わって総合学習や土曜日の寺子屋などが新たに時間割に組み込まれた。中学校の総合学習の時間に読書や職業体験などをしたが、あまり熱心に取り組んでいなかった記憶がある。読書といってもマンガを読んでいる人もいればゲームで遊んでいる人もいたし、道徳ではほとんど先生が話し続け、生徒たちが一言も話さずに終わる授業もあり、総合学習の時間はほとんど崩壊しているようなものだったからである。

また小学生のときの寺子屋は全員参加となっていたが、実際には塾や習い事、用事のある人は参加していなかったし、「だるい」と言って休む人も大勢いた。

このような状況しか知らない私は、ゆとり教育を取り入れた理由や目的が全く分からずただ単純に、学校が休みになり授業が簡単になったことを喜んでいただけだった。しかし今回の取材を通して、ゆとり教育のあるべき姿を「よのなか科 NEXT 」 の授業に見た。

私たちは今回、高校入試に向けての面接講座に参加した。まず驚いたのが授業の進め方である。ゲストティーチャーと校長先生が舞台に立って授業を進めていくのだが、一方的に話すのではなく頻繁に生徒に質問したりクイズを出題したり、時にはゲームなどの実践を取り込んでいた。またオリジナルのワークシートを駆使して生徒たちの関心を途切れさせないようにするなど様々な工夫を凝らしていて、今まで私が受けてきた受け身の授業とは大きく異なっていた。

そして、生徒たちのけじめの良さや集中力の高さにも感心した。チャイムが鳴り終わったと同時にすぐ号令がかかり、体育館が一気に静まり返る。ゲストティーチャーが話している間も皆前を向き、真剣に話を聞いていた。極当たり前のことではあるのだが、私の学校では集会のときに誰も先生の話を聞いていないことがしばしば問題になり、そのような環境に慣れてしまっていたせいか、和田中学校の生徒たちの姿勢には驚いたのである。

また和田中学校の生徒たちは人前で意見を言うのにも慣れていて、グループでの話し合いのみならず、全体の前で話すことにも堂々としていた。生徒全員が真剣に授業に取り組み、積極的な雰囲気を皆で作り出しているからこそ、一人一人も一歩踏み出せるのだと同じ空間にいることで感じた。

私が中学生のころもこのようなユニークな授業が取り入れられていたら、もっと社会の問題に興味を持って生活をするようになっていたかもしれない。形式にとらわれるのではなく、このような新しい教育がどんどん普及し思考力や意見を発表する力、様々な情報をキャッチする力など通常の授業では学べない、社会に出たときに役立つ力を身につけられる生徒たちが増えていけば良いと思った。

By CEJ

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