Wooden blocks with "TOEIC" text of concept, pens, notebooks, and books.

愛澤 響(17)

 日本企業がグローバル化する中で、英語スキルは企業の求める人材の必須条件になりつつある。「社内公用語」を英語とし、徹底して英語でのコミュニケーションを促進するほか、採用条件や昇格条件としてTOEIC(国際コミュニケーション英語力テスト)のスコアを提示する企業が増えてきている。また、TOEICのスコアが990点満点で900点以上とれれば100万円の報奨金を一律支給する企業まである(日本経済新聞電子版2013年1月11日)。そのような企業の社内実態はどのようなものなのだろうか。また、グローバル時代に生きる若者は、TOEICのスコアが高ければ、企業に優秀な人材だとみなされるのだろうか。いくつかのグローバル企業社員を取材した。

街頭取材の様子

 はじめに、1999年にルノー(仏)との提携が始まった時に社内公用語の英語化を行った日産自動車株式会社に約13年間勤める男性社員に社内の実態を聞いた。男性社員は「会社では採用条件や昇格条件にTOEICのスコアが定められているものの、あくまでも英語は海外との意見交換のツールとしか思っていない。だから英語が目的ではなく、課題を解決するために自分の言いたいこと、やりたい事を持っている事が大切だ」と語った。

 次に、2012年に社内公用語を英語にすることを宣言した楽天株式会社の社員及び元社員を取材した。楽天は、三木谷社長が社内の食堂のメニューまで英語にし、TOEICの社内基準点が取れないと減給またはクビ、というような徹底した経営策を打ち出し、話題になった。

 公用語を英語化した後の社内の雰囲気はどのような変化があったか、と元楽天男性社員(約3年間勤務)に尋ねると「TOEICのスコアがとれず減給にされ、仕事へのモチベーションが下がる人も多かった。『ここは大事だから、日本語で話します』というように、英語を使うことにより起こる誤解やトラブルを避けるような姿勢が多く見られた」とマイナスな面の意見を述べた。また、「TOEICは、何度も受験すれば英語力は身についていないのにスコアはとれてしまう」という。だから本質をしっかりと追求し、あくまでも英語はツールとして考える必要があるという見解だった。

 また、現役の日本人男性社員(約6年間勤務)は、楽天が社員の英語力向上を図るために、家庭教師や会社での授業、またスカイプでの英会話を格安または無料で受講できるなどの、手厚いサポートを行っていることを教えてくれた。社員に一方的に英語力を求めるのではなく、入社後、TOEICである程度のスコアをとった後でも英語を学び続けられる社内環境づくりがなされているそうだ。

 一方で、現役の外国人男性社員(約3年間勤務)はTOEICの点数が低い社員の方が高い社員よりうまく英語で話したり、伝えたり、仕事ができるのを見てきたという。その理由は、TOEICが実社会でのコミュニケーション能力を反映しておらず、むしろ人との接触なしに家で学べる文法中心で暗記した英語を反映しているからだという。

 それぞれの社内の実態がつかめたところで、実際にどのような目標を持った人が英語塾に通っているのか、10月の土曜日の午後に日米会話学院(東京都新宿区)の前で街頭取材を行なった。取材した8人ほぼ全員が社内公用語英語化に対して肯定的な意見を述べた。彼らは会社の命令やTOEICなどの資格のスコアアップのためではなく、自主的に英語を磨くために通っているそうだ。ほとんどの人が、「自分が今、一生懸命勉強している英語が評価されるのであれば社内公用語英語化は逆にありがたいチャンスだ」と答えた。また講師の津島玲子さんに入社時のTOEICのスコアの基準が730点であることの妥当性について尋ねると、「仕事内で英語を使うのであれば730点では到底足りない」と強調した。また、「TOEICのスコアというのは日常生活での様々な場面で使われる英語の理解力を測るが、必要とされる英語力しか測れないため、企業で本当に必要とされている英語のスキルは、自分の言いたいことがしっかりと伝えられ、一対一の交渉ができる力だ」と語った。ここでも、TOEICのスコアが高いことと、会社内で必要とされている英語力は異なることが分かった。

三菱商事株式会社 人事部採用チームリーダーの下村大介氏

 最後にグローバル企業としての歴史も長い、三菱商事株式会社人事部を取材した。採用チームリーダーの下村大介さんは、「三菱商事は簡易的な英語のテストを採用時に受けることを義務付けているものの、英語力はあくまでもいくつもある項目の一つだ」と語り、テスト慣れしてしまえばTOEICは点数がとれてしまうこともあるため、「800点900点のレベルになるとその差はほとんど意味をなさない」と話す。また、「心が通じ、言いたいことが言える英語というのは仕事の現場で培っていけば十分だ」と強調した。英語力は人材のスキルのうち最も重要なものではなく、あくまでもコミュニケーションのツールとして便利だから使っているということを一貫して主張し、日本人同士の会話でも無理やり英語を使わせることには否定的だった。最後に「優秀な人材とは、成長するのびしろがあること、すなわち、相互的な信頼関係を築くことができ、常に頭を働かせ、お互いにwin-winになるような状況を作り出せる人、そして高い目標に向かって持続的に努力する力をもった人だ」と笑顔で語った。

 全ての取材を通して、TOEICのスコアによって、英語でのコミュニケーション能力、ましてやその人が優秀であるかどうかは測れないことが分かった。今後ますますグローバル化が進む社会の一員となる子ども達が、自分自身の未来像を描く上で、企業が求める人材のスキルが数字では表せないものであることを知っておく必要があるだろう。

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