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アスリート、そして私たちのための『メンタルトレーニング』
2016/2/6               前田 佳菜絵(14)

 昨年のラグビーW杯で、日本代表が強豪南アフリカを破って世界を驚かせたことは皆さんの記憶にも新しいだろう。しかし、日本代表の大躍進の陰には「メンタルトレーナー」の存在がいたことは知らない人も多いだろう。そもそも「メンタルトレーナー」「メンタルトレーニング」という言葉自体が敷居が高く聞こえる人もいるかもしれない。一体「メンタルトレーナー」とはどのような仕事なのだろうか。主にアスリートへのメンタルトレーニングを行う、日本スポーツ心理学会認定メンタルトレーニング上級指導士の田中ウルヴェ京さんに取材した。

 まず、なぜメンタルトレーナーになったのかを質問すると、田中さんは「『メンタルトレーナーになりたい』とは思わなかったです。メンタルトレーナーになると決めてから何かをしたのではなく、スポーツ心理学をアメリカの大学院で学び、色々な経験を積み重ねていくうちに、『この経験はメンタルトレーナーになったら役に立つかな』と思ってこの仕事を始めましたね」と身振りも交えながら説明した。2002年にメンタルトレーナーとして活動を始めた時から田中さんは「スポーツ選手、コーチとしての経験は、そのまま現役のアスリートやコーチへのメンタルトレーニングに役立つと思っていた」そうだが、当時の日本では、まだメンタルトレーニングが現場に浸透していなかったので「自分たちでメンタルは管理できている」とアスリートやコーチに思われてしまい、なかなか活動ができなかったそうだ。

 田中さんは、「コーピング」という、ストレスの原因となる状況などの受け止め方を調整する方法のメンタルトレーニングをおもに行っている。「コーピングは、選手の実力発揮にはとてもいい方法だと思います」と田中さんは笑顔で話した。田中さんの著書には多くのコーピングの方法が載っているが、それらは先行研究の結果と田中さん自身の経験を合わせて考案されている。また、アスリートと一般人のストレスの違いについて問いかけると「アスリートと一般人のストレスは同じです。というよりも、人は人によって違う固有のストレスを持っているから、特にアスリートと一般人のストレスに違いはありません。人によってストレスへの対処は変わってきます」と田中さんは詳しく説明した。

 そして、田中さんは「自分の選手時代の経験は、メンタルトレーナーとしての活動のなかで使っていい時と使ってはいけない時があります。私の選手時代の目標は『オリンピックでメダルを取る』でしたが、例えば『スポーツを楽しみたい』という選手がいたら、私の経験、考えをそのまま使ってはいけませんよね」と話した。

 また、「全てのストレスをコーピングはできません。たとえば『死』に関するストレスは、誰にとっても難しいですよね。しかし、生きるというのはとても辛いことが多くあるけれど、生きるということで多くの色々な自分固有のコーピング(対処行動)を作ることが大事です。例えば『あなたはガンで余命は3ヶ月です』と言われたら、どのようにその『ガン』という言葉に向き合って3ヶ月生きていくことにするのか。これこそがコーピングです」「悲しいという気持ちにはコーピングできません。けれど、悲しい自分をどうするか、という行動を作るコーピングはできます」と田中さんは真剣な表情で語った。

 最後に田中さんは、これからのメンタルトレーナーとしての活動について「これからやりたいことは多すぎますね。ビジョンとしては、一人一人の方に『『あるべき自分』ということにとらわれず、ありのままの自分でいること』ということが人生で一番やらなくてはいけないことだ、と伝えたいです。これが、実力発揮や人の役に立つこと、さらには死ぬ直前に『生きてて良かった』と思えることにも繋がります」と悩みながらも話してくださった。

 田中さんへの取材で、メンタルトレーニングはもちろんアスリートの結果のためにも大切だが、人としての生き方にも密接に関わることだ、と感じた。ストレスが多い現代社会、私たちは「メンタルトレーニング」への見方の敷居を下げて、だまされたつもりで一回試してみるべきかもしれない。

 


▲日本スポーツ心理学会認定メンタルトレーニング上級指導士の田中ウルヴェ京さん