カンボジアの「夜の寺子屋」
2007/4/30
原 衣織(15歳)
2007 年3月 27 日から4月1日、5泊6日の日程で私たちチルドレンズ・エクスプレス記者6名は、海外取材研修プログラムとしてカンボジアを訪れた。カンボジアは、つい最近内戦が終わったばかりの発展途上国であり、日本とは何もかもが違う。中でも私が特に興味を持ったのは、この国でボランティアによって行われている識字運動だ。
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「1ダラー・・・1ダラー・・・」突然、間近で声がした。驚いて横を見ると、一隻の小船が私たちの船の横をついてきていた。乗っているのは、小さな 2 人の女の子。8歳位だろうか。こちらまで身を乗り出して、手に持っている小さなバナナを売ろうとしている。「ごめんね」「いらない」「あとでね」、何度断ってもなかなか諦めようとせず、切なそうな顔をして再び繰り返す。「1ダラー・・・」
私たちが訪れたのは、アンコールワットで有名な国、カンボジアの北西部に位置する南アジア最大の湖トンレサップ湖。雨季にはその面積は琵琶湖の 15 倍にまでなる。その広大な湖を、生活の場として生きている人たちがいる。世に言う「水上生活者」である。排泄物など全ての生活雑排水をそのまま流しているために茶色く濁った水の上に、小さな家を浮かべて暮らしているのだ。
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▲夜の寺子屋の様子 |
その湖にある村のひとつ、チョンクニア村。大多数の人が漁業に従事するこの村には、日本ユネスコ協会連盟が独自に行っている国際協力活動「世界寺子屋運動」によって作られた「寺子屋」がある。水上に浮かぶ少し小さめの公民館といった感じの建物に識字教室・図書館・保育園が設置され、日曜以外毎日夜7時から9時まで識字教室が開かれている。初めてこの村に寺子屋が建設されたのは 1994 年。生徒は自宅からボートで寺子屋まで通ってくる。通っている生徒の年齢は様々で、 12~15 歳の子どももいれば、大人もいる。保育園を開いた女性は、 50 歳を超えてから識字教室に通って読み書きができるようになったことの恩返しとして、無償で保育園を開いたということだ。
「識字教室」と言っても字の読み書きだけを習うというわけではない。寺子屋でもらう教科書の中に歴史、数学、保健衛生など公立の学校で習う様々な科目の内容が凝縮されているため、識字を通してそれらの知識も習得できるという。そして、半年間の授業の後にある卒業試験に受かった場合は公立の小学校の5年生に編入できるという仕組みになっている。また、識字に加えて職業訓練も行われており、女の子たちは少しでも日々の生活の足しになるようにレース編みを教わって、作ったものを寺子屋の見学に来た観光客に売っている。
カンボジアの公教育は日本と同じ6・3・3制であり、その上に私立・国立の大学がある。授業料はすべて無料だ。ではなぜ公立の学校に通わないで、寺子屋にくるのか。
実は寺子屋の生徒の大半は一度公立の学校に通ったものの様々な理由でドロップアウトした子どもだ。学校が遠かったり先生の質が悪かったりすることももちろんだが、一番の理由はやはり公立の学校では拘束時間が長すぎるということだろう。村の大人たちは皆識字の大切さを理解しており、できれば教育を受けさせたいと考えている。しかし大切な働き手である子どもを長時間学校に通わせていては生活が成り立たない。そこで寺子屋が必要になるのだ。
夜の識字教室。そこでは暗い裸電球の明かりの下で、教室中の子どもたちが小さい手を精一杯高くあげ、「私をあてて ! 」と、先生にアピールしていた。やる気に満ち溢れた顔をして先生の言ったことに真剣に耳を傾ける子どもたちの姿は、普段当たり前の事として教育を受けている私たちに、学ぶという事の素晴らしさ、大切さ、というものを教えてくれた。
「人は識字によって人になる。読み書きを学ぶ機会がないということは、人権を侵されていることと等しい」と 日本ユネスコ協会連盟理事の鈴木幹夫氏は言う。寺子屋を作るよりも、もっと公教育を整備するべきだという意見があるかもしれない。しかし、その間にも読み書きを知らずに大きくなっていく子どもたちが存在するのだ。その子達の人権を守るためには、たとえ不十分であっても寺子屋のような場所を作るべきである。
全ての人々が教育を受け、識字者となったとき、一人一人の未来が開かれ、同時に社会の発展も期待できるのだ。そうなるために、精一杯活動している人々がいる。昼の仕事の傍ら精一杯勉強している生徒たちがいる。彼らの頑張りは、確実にカンボジア社会の明るい未来につながっていくはずだ。
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