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「明るい石巻」を見て!~被災者が語る石巻の今~

前田 佳菜絵(14)

 2011年3月11日に東日本大震災が起き、それによる大津波や福島第一原子力発電所の事故も含めて東北地方は甚大な被害を被った。震災から4年半がたった今、被災地はどのように変わってきているのだろうか。今も被災地域で暮らす人々の目から被災地はどのように見えているのか。8月22日、津波で大きな被害を被った宮城県石巻市を訪れた。

津波で被災した大川小学校

 JR仙石線石巻駅からタクシーに乗り北上川に沿って河口に向かった。運転手さんによると、石巻駅付近にも津波は到達し、ジュースの自動販売機の上にあがって助かった人もいたそうだ。

 河口から4キロの川沿いにある石巻市立大川小学校跡を訪れた。大川小学校には地震直後に大津波が押し寄せ、児童74人と教職員10人が死亡・行方不明となった。校舎は壁や天井などが大破し、鉄筋コンクリートがむき出しになっていて痛々しい。教室があったであろう校舎はまだ原型が分かる程度に残っていたが、体育館や屋外の遊び場などはほとんどが流されてしまっていた。校舎の周りにはロープが張ってあって「立入禁止」の看板が所々に立てられていた。校舎の前には祭壇や慰霊塔が立ち、多くの人が訪れては手を合わせていた。

 石巻駅から徒歩6分のところにある絆の駅「石巻ニューゼ(Newsee)」で毎週活動をしている一般社団法人キッズ・メディア・ステーションの子ども記者たちを取材をした。この「石巻ニューゼ」は石巻日日新聞社が設立したもので、震災直後の壁新聞が展示されている。この日は石巻に小学生のときから在住していたロシア人の女性、クハルチョク クリスティーナさんがロシア語のワークショップをしていた。

震災当時のことについて、山口莉子さん(小学6年生)は「妹とおばあちゃんとで車に乗っていた時に地震が起こったから、近所の人を乗せて近くの高校に避難しました。小学1年生だったから、当時はよく状況が分かっていなかったです」とぽつりぽつりと話してくれた。当時は大学生でアルバイト中だったというクリスティーナさんは「そのときは仙台にいたので津波は無かったですが、すごく揺れて怖かった。家族と連絡が取れなくて泣いている人もいました。寒かったからカイロを買ってきて、3時間ぐらいは屋外にいました」と4年前を思い出しながら語った。酒井理子さん(中学1年生)は震災直後は「アレルギーがあり、がれきに近づくと咳き込んでしまい困りました」と話した。

 震災当時と今を比べて復興したと感じることはあるか、と聞くと山口葵さん(小学4年生)は「津波で大きな被害を受けたのに仙石線が開通したのが、すごいと思います」と言い、震災後に家族の勧めで一時ロシアに帰国したクリスティーナさんは「当時の光景と今の光景がまったく違う。がれきが片付いただけでも復興になっていると思います」と明るく話した。しかし、困ったように「仕事で海外の人と話すことも多いが、『日本製の商品は安全か』『原発の影響は無いのか』と尋ねる人が多いです」とも語る。山口葵さんは「もちろん震災のことは憶えていなければいけないけれど、テレビで津波の映像が流れると思い出してしまうから怖いです」と少し辛そうに語った。

 これから復興のために何をすればいいだろう、という質問に「『石巻日日こども新聞』を他の新聞と一緒に配達してもらえば、もっと石巻の今を知ってもらえる」と山口葵さんは明るく話した。また、震災の被害をあまり受けていない人たちに向けて酒井理子さんは「石巻に一度来たら、何年かあとにまた来て復興した様子を見てもらいたい」、山口莉子さんは「実際に石巻に来てもらったほうが、その時の状況が分かってもらえる」、山口葵さんは「津波がきた時にどうしたらいいかなどを、東日本大震災で津波がこなかった地域の人たちにも伝えていってほしい」、クリスティーナさんは「身の回りに亡くなった人がいたらもっと悲しみは深かったと思う。震災のことについて話すのは辛いけど、震災に関心を持ってくれる人には当時のことを伝えなればいけない」と前向きに話した。そして、山口葵さんは「もう復興は始まっているから、『明るい石巻』も見てほしい」「震災の話をするとみんな暗くなるから、それが嫌です。復興が始まっているから、笑顔も戻していきたい」と笑顔で話した。

 また、今年の春に大川小学校の校舎を残すか解体するかが議論されたことについて酒井理子さんは「私は正直に言うとどちらでもいいですけれど、その時のことを思い出すのが嫌、と言う人もいるから、写真に残し校舎は壊して新しい学校を建てていいと思います。でも、その時の状況は写真では伝わりにくいから、難しいです」と悩みながら語った。そして、山口葵さんは「地元の人は、震災のことを残したくない人もいると思いますが、震災を忘れてまた同じことが繰り返されるのは嫌です」と話した。最後にクリスティーナさんは、「震災を人ごとだと思わないで、普段から心の準備をするのは難しいと思うけど、知識としてでも知っておいてもらいたい。これからも震災の情報を広めていきたい」と真剣に語った。

 東北以外にいて震災であまり被害を受けなかった立場からすると、いま石巻の人々が震災を「前向きに」捉えていたことは意外だった。テレビや新聞などの報道だけでなく、被災地に自分自身で行き、被災者に自分自身で話を聞くことで新たに分かることがある。被災者の声を聞くことで、私たちが被災地のためにできることが新たに見つかるのではないか。

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