チルドレンズ・エクスプレス記者紹介記者を募集しています寄付にご協力くださいリンク
チルドレンズ・エクスプレス
HOME記事カテゴリー「社会」>記事を読む

 

教育


 

原発事故に関する報道
2013/01/23               毛利美穂(17)

 2011年3月11日に発生した大震災と津波の影響を受け、福島第一原子力発電所で起きた事故については、当時の報道では国民に知らされることのなかった情報が震災から時間を経てから明るみになることも多かった。なぜ事故発生当時にそれらは国民に伝えられることがなかったのだろうか。また、再び国家危機ともいえるような大震災が起きたときの報道のあり方とはどのようなものであるべきなのだろうか。震災の2週間後から5か月間、内閣官房参与として事故対策に取り組んだ田坂広志氏(51、原子力工学博士)とニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏(45)に話を聞いた。

 事故発生当時報道されなかったものに、文部科学省のSPEEDIがある。これは正式名称を緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムといい、事故によって放出された放射能が風向きなどから判断してどこにどれくらい飛散するかを予測する計算システムだ。しかし、このシステムが予測した飛散数値や飛散区域は総理大臣執務室に知らされることはなかったと、田坂氏は言う。正確な放出量が分からない中、暫定的な数値を入力して予測された飛散数値は正しいものとは言い切れないと判断したことが伝えられなかった理由だという。しかし、田坂氏は、「風向きは正しかったのだから、やはりこの情報を総理執務室に伝え、飛散区域に避難しないように指示するべきであり、その判断は機転のきかないものだった」とも語った。その結果放射能飛散区域である飯館村に逃げてしまった人もいた。田坂氏は政府と報道機関の間で信頼関係がなかったことも、混乱を招いた原因だと指摘する。また、首都圏にいた3000万人が避難を免れたのは、4号機の燃料貯蔵プールが崩壊しなかったからであり、運が良かったからだとも述べた。

 ファクラー氏は原発事故に関して日本のメディアが真実を暴き出すことが出来なかったのは、普段から権力の監視という本来の役割を果たすことが出来ていないからだと語る。「他社にスクープされるのを嫌うため当局側に立ち、当局との距離を失い、批判することが出来なくなってしまう」のだという。各省庁にある記者クラブはまさにその典型で、問題なのはその存在ではなく、批判をためらい積極性を失ってしまったその取材姿勢なのだという。

 ファクラー氏は、当局の動きと発表がそのままニュースとしてあがっていき、それを過信しすぎていることに問題があるとした。危険であるという証拠がなければ安全だとされてしまうことがあったかもしれない。危険避難区域についても、最終的には最初に指定された区域よりも広い区域が指定された。

 二人の話を聞くと、権力の監視という役割を果たせていれば、原発事故の報道においてもその役割は真実追求という形で果たせたはずである。その役割を果たすには、政府がメディアを信用してすべてを透明にし、またメディアもそれを国民側に立って見定める必要があることを痛感した。その役割が果たされているかどうかを確認するのは私たち国民であり、これからの未来を担う若者なのだ。

メディアが挑まなければならないとき 〜原発報道を省みる〜
2013/01/23               米山菜子 (16歳)

  2011年3月11日14時46分、マグニチュード9.0の大地震が東日本を襲った。この未曾有の大地震によって福島第一原子力発電所の稼動中だった1〜3号機が自動停止した。冷却し続ける必要があった原子炉や使用済み燃料プールの冷却が電源喪失により出来ず、水素爆発が起こり、大量の放射性物質が放出される事故となった。この事故に関して、様々な情報がメディアを通して日本中を駆け巡った。その結果、風評被害という現象からも分かるように国民生活が混乱した。
 
 政府の判断や発表の仕方は正しかったのか。また、その情報はメディアを通して正確に国民に報道されたのだろうか。震災後の3月29日から5ヶ月間内閣官房参与を務めた多摩大学大学院教授の田坂広志氏(51、原子力工学博士)とニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏(45)の話から探る。

 「記者クラブで情報を共有するため、新聞の内容はみな一緒。他と違う記事を書くのに記者クラブは必要ない」ファクラー氏はまずこう断言した。

文部科学省のSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク)は事故発生直後に作動し、データは外務省を通じてアメリカにも送られた。しかし、暫定的な測定値を入れたためデータは正しくないものとして、首相には届かなかったそうだ。SPEEDIについて政府からの発表はなく、風下に避難した住民が高レベルの放射能を浴びるという結果になった。

 SPEEDIの存在を初めて報道したのはニューヨークタイムズ紙だった。アメリカの新聞社が見つけることが出来、日本の新聞社が見つけることが出来なかった理由として、日本人記者の取材姿勢が「受け身」だからだとファクラー氏は言う。日本の主要新聞社は、「お互いにスクープを他社に取られことを恐れ、記者クラブ内で団結し、当局の会見を待つばかりであった」そうだ。そのために探せば見つけられたはずのSPEEDIの情報を報道することが遅れた。

 日本人記者が当局の会見を待つなか、ファクラー氏は自ら被災地に足を運び、さらに「福島民報」や「河北新報」など地元のメディアから情報を集めたそうだ。

 「首都圏3000万人の避難」。4号機の燃料貯蔵プールが崩壊した場合に想定された最悪のシナリオだ。その危険性があったにも関わらず、この情報が公開されなかったのはなぜか。「もし4号機のプールが崩壊しても、放射能の放出が始まるまで1週間の余裕があること、そして、その段階に至る前にこの情報を公開することは、さらなる混乱を招く恐れもあることから、政府は公開をしなかった」と田坂氏は語る。幸い、4号機の燃料プールの崩壊も起こらず、新たな水素爆発も起こらず、我々は「幸運」に救われたとも、田坂氏は言う。

 一方、アメリカでは日本よりも早く自国の研究機関で、直ちに事故の被害拡大の予測シミュレーションがなされた。その結果、「福島原発周辺80km圏のアメリカ人の避難勧告」を出し、実行こそされなかったが、「首都圏9万人のアメリカ人全員への避難勧告」も検討されたという。

 2人の話を総合すると、日本政府は、まずパニックを避けることを優先させたことがわかる。そのために、校庭、校舎の利用に関する暫定的な安全基準値を高く定める、など事態を過小評価してきた。また、パニックを恐れるばかりに真実の公表を避けた結果、政府を信用できない国民が増え、一部ではパニックが起きてしまった。

 「メディアは自社のために、勇気ある報道や自ら情報を掴みに行くことを怠り、当局の会見を待つばかりの受け身になってしまった」とファクラー氏は述べた。政府に強く迫っていく姿こそ、メディアのあるべき姿ではないだろうか。そのためには「政府とメディアの信頼関係が大切」と田坂氏は語る。再び、多くの国民の生命に関わる事態が起きた時、二度と同じ過ちを犯して欲しくはない。

原発事故と混乱
2013/01/23               谷 彩霞(16)

  2011年3月11日の東日本大震災。これを聞いて何を思い浮かべるだろうか。地震、津波、停電、そして何より多くの人は東京電力福島原発の事故を思い浮かべるだろう。「原発は安全である」という考えが覆されたこの日を境に原発に関する様々な報道がされ、政府とメディアは多くの課題に直面することとなった。

事故直後から5か月間、内閣官房参与に任命された多摩大学大学院教授の田坂広志氏(51、原子力工学博士)は「事故と原発報道で混乱があったのは、記者会見がそれぞれ別の部門で行われていたからだ」と指摘した。田坂氏は記者会見を合同記者会見に変更し、事故後の6月には、自然エネルギーについて話し合うオープン懇談会を総理官邸から中継で行った。国民は政府の中で何が話されているのか分からない。そのため政府をガラス張りにすることが必要であったと語る。

しかし、事故当初の報道は多くの人々に政府が何かを隠しているのではないかという疑いを国民に抱かせることとなった。ニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏(45)は「アメリカは当初日本が何かを隠しているのではないかと思ったが、日本政府も実際何が起っているのか分からなかったのだ」と言う。

SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)というものがある。これは、放射能の影響を予測するシステムである。田坂氏によれば、日本政府はSPEEDIの存在を知っていながら、このデータを公表するまでに多くの時間がかかったそうだ。実はSPEEDIの放射性物質の拡散量の予測値は、仮のデータで計算したため、正確な値ではなかったことから、これを官邸に報告すると余計に混乱を招くと官僚が判断し、官邸に情報が伝わるのが大幅に遅れたと言われている。ファクラー氏は、今の官僚は生産者の側に立っているため、これからは消費者側に立つ必要があると述べた。

一方、田坂氏は「もし福島原発の4号機の燃料貯蔵プールが崩壊した場合、最悪の場合、首都圏の3000万人が避難を余儀なくされる可能性があった」と言う。あまり報道はされてこなかったが、政府はこれを報道したら更に混乱を招くと判断し、公表しなかったと言われている。これに対しファクラー氏は「もう既に国民は混乱をしており、これを政府が公表しなかったことで国民はさらに危機感を持った」と語る。

事故当時を振り返り、ファクラー氏は、日本は守備的なジャーナリズムが多いと言う。日本では記者クラブが存在するが、「記者クラブと政府がなれ合いの関係になってしまっている。この関係を直すためには積極的なジャーナリズムと本物の競争が必要である」と強調した。そして田坂氏は「何よりも、政府、メディアと国民の間で信頼がなくてはならない」と語った。

 

 

 


▲ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏への取材

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ マーティン・ファクラー氏への取材

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲多摩大学大学院教授の田坂広志氏への取材

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲田坂広志氏