home work about cando link



CEニュース

いままでの活動

CEレクチャー


更新履歴


第7回
●2002年9月28日 「戦争と子どもたち」
 講師:澤 良世氏

UNICEF(国際連合児童基金)駐日事務所で20年近くも広報を担当されてきた澤さん(CE理事)は、世界各地の戦争や紛争に巻き込まれた子どもたちの現状を見て来られました。今回は、その際に撮影されたスライドの中から、80枚を見せていただきながら、お話を伺いました。

国連では、貧しい国で戦争もしている、そのうえ旱魃(かんばつ)や洪水なども起こっているような、本当に大変な国(例えばアフガニスタンやアフリカのアンゴラなど)の状態を「複雑な緊急事態」と言い、援助をしています。世界の人口約63億人の80%が発展途上国に住んでおり、戦争が起こるのはほとんど途上国です。世界の80%と言うことは、皆さんの右側の2人も左側の2人も途上国の子どもで、こんなに大変なんだ、それが世界なんだということです。そして、戦争が起きると自分の両側の友達がこんな生活を送らなければならないなんて、どんなにつらく悲しいかということを考えながら、このスライドを見てほしい、と思います。

モザンビーク 長い間内戦で大変だったが、比較的平和になることに成功した世界で唯一の国。内戦中は、住む家のない人が、このように電車の中や下で暮らしていた。親が子どもたちに学校教育を受けさせたいとお金を集めて学校を作った。生徒430人に先生が1人。
ジンバブエ モザンビークからの難民。身近なものでおもちゃを作って遊ぶ。
アンゴラ 難民キャンプ。学校といっても机も椅子もない。家にある子は自分で椅子をもって行く。学校に行ける子は幸せ。
エチオピア 内戦がずっと続いていたが平和になったので、仕事をもとめて都会に来て、狭いところにひしめき合って住む。夜間の冷え込みが厳しく、子どもが死ぬ。
ソマリア難民(エチオピア) エチオピアも貧しいのに、南部にはソマリアからの難民が入り込む。標準体重の70%以下の子にだけ食糧が配給される。70%を超えると配給がなくなり、その日から食べるものがない。
ソマリア 10年間、無政府状態。政府がないので学校も病院もない。最寄りの診療所へ何キロも歩いて行っても薬がない。親がお金を出して学校を作り,先生を雇う。学校に行ける子は幸せ。ものを作る力がないので野菜以外は輸入に頼るが、それでますますお金がなくなる。
リベリア 子どもたちがラジオ局を作って町の人にニュースを提供している。
ルワンダ難民 フツ族とツチ族の争いで100万人も殺された。隣国のザイールやタンザニアに難民として逃げて行った。ゴマキャンプには85万人が生活。水や衛生状態が悪く、コレラが流行し一晩で3000人が死んだ。ユニセフは安全な水の供給とトイレ作りをした。難民が食糧や暖房のために森を切り倒して、ゴリラも住めなくなっている。
・避難する途中で親とはぐれたり親が死んでしまった子どものキャンプ。地元でお乳のでる女性が母親代わりに授乳する。ミルクより回復が早い。ほんとうの家族ではない子どもたちが家族を作って生活。
・ユニセフと赤十字社とで子どもが記憶していることをコンピュータに入れて記録する。年月が経つと忘れてしまうので、今覚えていることや今の状態を記録し、子どもの写真を撮っている。それを難民キャンプにはり出して親探しをする。労働力にしようと他人が引き取りに来るのを恐れてコンピュータに記録したものと照合する。戦争が起きると当たりまえのことが当たりまえでなくなる。当たりまえの生活にできるだけ早く戻すため、ユニセフでは学校を設置している。
ウガンダ ゲリラが子どもを襲って少年兵にする。そのために学校の寮に火をつけて逃げ出して来た子を連れ去る。
・ユニセフでは、子どもたちを解放してもらい、子どもたちに絵を描かせたり、作文を書かせて、心を癒すことに努力している。自分の経験を知らせ、自分だけが特別ではないことをわからせる。
旧ユーゴスラビア(サラエボ、コソボ) 1000万個の地雷が埋められている。コーラの缶や紙パックなどを地雷にしてあり、至る所に地雷を警告するテープがはりめぐらされている。国連やNGOが子どもたちに地雷の恐ろしさなどを教えて犠牲が出るのを防ぐ。ここでも子どもの心の傷を癒すために、絵を描かせている。
イラク 10年前の湾岸戦争の際にピンポイント爆撃で発電所の90%が破壊された。浄水・配水も電気だったため、電気がない生活で水もない。チグリス川の水を利用するが河の汚染があり、病気が蔓延している。10年前からどんどん状況が悪化。学校へ行ったことのない人が大人になっている。
アフガニスタン 戦争に加え大旱魃が4年以上続いている。ヘラートの難民キャンプは昨年夏13万人、今年2月には20万人。タリバンが去って、禁止されていた遊びができるようになり、子どもたちはまず凧上げをした。女の子が学校に行けるようになり、6-22才の女性が学校へ行き始めた。150万人が学校へ戻ることを予想していたが、350万人が登録している。

ホームページ子どもたちの活動チルドレンズ・エクスプレスについてわたしにもできることリンク
このサイトについてプライバシーポリシー
Copyright(C) 2002 Chirdren's Express (Japan) All Rights Reserved.