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姉妹都市の芸術家が子どもたちのタイルプロジェクトを通して文化の架け橋を作る
2005/02/15 ジェラルド・ピーターソン(17歳)  プライス・ハドレイ(15歳)
 

マーケットのパトリック・ドラゴンさんは足を引きずりながら教室に入ってきた。スリッパが小さすぎてバランスをとるのに苦労している。でもこの足は心配の種の中では一番小さい。彼は立ち止まって、彼の授業を待っている日本の 33 名の子どもたちを見ている。

 彼は日本語を話さないし、子どもたちは英語を話さない。

 「最初の 10 分間は、コミュニケーション問題のギャップを埋めるための通訳がいりました」とドラゴンさんは言った。「最初の授業が紹介されてからは、言葉はそれほどの問題ではなくなりました。というのも私たちは共通の言語を使っていたからです。それは形状、手触り、構造などを使う美術の基本です。それで、私たちはその時点で言葉によるコミュニケーションを超えていました。」

 ドラゴンさんは 2005 年の東近江市へのマーケット姉妹都市友好使節団のゲスト・アーティストである。この役割の一部として彼は東近江の御園小学校の 5 年生の美術を教えた。

 私は、自分が開発したタイルの上に粘土で描く技術をやって見せました」と、陶芸家のドラゴンさんは言った。

 ドラゴンさんが生徒たちに材料を手渡して、これをどうやるのかを通訳を通して説明したら、生徒たちはすぐにのみ込んで自分たちのイメージを創作し始めた。彼らは白いタイルの上に黒い粘土を使って、自分たちの好きなテレビ番組のキャラクターや、食べ物、動物、自分の生活からイメージする絵を描いた。生徒たちは授業が始まったときから、その作業を楽しみ、自分の作業に完全に没頭していた。

 「経験から得た一番大切なことは、子どもたちが知らなければいけないという思いやりです」とドラゴンさんは言った。「彼らには生まれつき様々なことを経験し、知りたいという気持ちがあるのです。私には日本の子どもたちの顔にその表情がでているのを見ることができました。できればアメリカの子どもたちが、私がここでこのプロジェクトをやるときと同じ表情を見せてほしいです。」

 ドラゴンさんは 50 枚のタイルをマーケット市に展示するために持ち帰った。彼はマーケットの 5 年生が同じようなプロジェクトをやって、そのタイルを日本に送って交流プログラムを完成させたいと計画している。

 「姉妹都市の関係を長い間続けるためには、子どもたちとの関係を深めることが必要です」とドラゴンさんは言った。「ですから、この美術プロジェクトを交流すれば、私たちの関係を進めることができると思っています。」

 このプロジェクトはドラゴンさんが美術教師として長年経験があることから当然の選択だった。

 スカンジナビア出身のドラゴンさんは、 Gwinn 高等学校を卒業し、州立北ミシガン大学で写真と美術教育の学士を取得した。彼は 1974 年から 1986 年までフロリダ州オーランドの小学校で美術を教えた。

 「私は子どもたちとたくさんの粘土プロジェクトをやるでしょう。それで気づいたら私はそこに行って授業の前や放課後に自分のプロジェクトにとりくんでいます」と彼は説明した。「私が長年陶器にとても興味をそそられている理由の一つは、技術と形がある限り可能性が決して終わらないからです。」

 ドラゴンさんは 1999 年にアッパーぺニンスラに戻り、マーケット市にドラゴン粘土スタジオを開設し、そこで美術活動を続けている。昨年小島太郎という日本の美術家に偶然出会ったことがマーケット市から東近江市への最初のゲスト・アーチストになるきっかけとなった。

 東近江出身の有名な陶芸家の小島さんは美術家交流プログラムを始めた。小島さんは 2002 年に当時は八日市からの日本の親善友好使節団と一緒にマーケットを訪れた。マーケットに滞在中に彼は作品の展示即売会を開いた。そして美術家交流に資金援助するために売り上げの 6000 ドル以上を寄付した。残ったいくつかの作品はピーターホワイト公立図書館のマーケット芸術文化センターで販売された。

 小島さんがマーケットに滞在している間に、たまたまドラゴンさんにニューヨークデリというところで出会った。二人の美術家は、会話がはずみ、ドラゴンさんは小島さんを自分のスタジオに招き、そこで日本の美術家は大いに楽しんだ。ドラゴンさんが美術交流プログラムを知ったのはその時で、彼はすぐにそれに興味をもった。彼はマーケット市から最初のゲスト・アーティストに選ばれた。

 ドラゴンさんの日本への航空運賃と作品の輸送費は交流基金から支払われた。彼は東近江で自分の作品の展示会を開催し、作品の売り上げから収益を美術交流基金に寄付することを誓った。彼はこれから派遣される美術家たちが、最善をつくして寄付するというこの形態を続けることを望んでいる。

 「自分の作品を展示販売することで、私は実際にお金を次の人のためにこの基金に入れることができる」とドラゴンさんは言った。「おそらく私たちの美術作品を継続的に販売すれば、このプログラムは生き続けるだろう。」